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タイトル:フェブラリィ -悪霊館- / フェブラリィ -消えた少女の行方- 
原題:The Blackcoat's Daughter
監督:オズ・パーキンス


若干ネタバレありの感想が以下に続くので
見たいと思う人や、情報を得たくない人は避けてください。
なお、感想だけでなく、考察も含まれています。


感想


3人の少女を主人公にして、それぞれの視点で話が進むため
時間や時代の前後が起きて、わかりにくいという部分が目立った。
「何がおきているのか」という部分を明確に描かず、客観的に絵をとる手法は
「ツインピークス」の空気感を彷彿とさせています。
個人的にはツインピークスの空気感が好きなため、好みです。
脚本も新鮮に感じたのは、よくあるホラー映画の「悪魔」の存在の描き方が、特殊だったからかもしれません。
そういえば、悪魔ものでも「ジェーン・ドウの解剖」のような作品のように、一ひねり加えるのが主なのでしょうか。この作品も少し変わっていますね。
最近のステレオタイプのホラーに一石を投じるものだと思います。

また、絵作りもかなり美しく、全体的にブルーの印象を持たせつつ
少女のはかなさを描くのがうまいと感じました。
全てのシーン、とまでは行きませんが、カット、ものの配置や、見せ方にこだわりを感じます。

feb1



考察


・わかりにくい人のために

まず、物語が散らばってわかりにくいと感じた方に
悪魔に取り付かれていた少女、カットですが、彼女=ジョーンという見解であっていると思います。
カット=ジョーンです。
ジョーンは物語の途中途中で描かれる、バスターミナルにいた女性です。
ジョーンという名前は、カットが記憶喪失をしていたため
自分が社会に出たとき説明に困らないよう、脱走時に始末したであろう
精神科の人間のネームプレートから名前を借りています。

カットが、学校で起こした事件後、つまりあの悲惨な事件(ローズが出てくる本編)後
警察官によって肩を撃たれたカットは精神病棟に収容されます。
そして、何年後か、精神病院を脱走。
記憶喪失ながらも、のこっている記憶を頼りに、引っかかった場所に向かって逃走します。
ちょっとしたフラッシュバック程度だった記憶も、車に乗っていた親切な男の話をきっかけに思い出し始めたのだと思います。
つまりカットが殺害し、今はもういないローズの話を聞いたことによって、自分がしてきたことを思い出したのだと思います。
そして、捕まった当初、神父によって払われた「悪魔」を取り戻すべく、儀式を行おうとするのです。

カットが悪魔を取り戻そうとする件に関してですが
明確になぜなのかは描かれません。
個人的に思う部分は、映画冒頭で描かれたカットの両親の事故が、もしかして現実になってしまったのではないか、という不安に付け入られたのかもしれませんね。
ローズは悪魔ではなく、ただの少女でしたが、嘘をついてカットを脅かしたり、面倒をみない、と言ったりして、カットの精神状態をかき乱しました。
全ての原因でありそうな部分に関しては、彼女が悪魔だったといっても過言ではないのかもしれません。
実際、カットの視点から語られるものは、ローズの影と悪魔の影が重なります。
精神が不安定になる「きっかけ」「悪魔のささやき」だったのかもしれません。

カットにとって迎えに来なかった両親よりも
ずっとともに寄り添った悪魔を選んだ部分に、彼女の孤独を感じることができます。
不安と卑屈でさいなまれ、悪魔の進入を許したのでしょうか。



・ラストシーンについて

悪魔を呼び出すことができなかったのは、暖炉にともらない炎をみれば明らかでした。
カットは、ずっと孤独なときに寄り添ってきたにもかかわらず、戻ってこなかった唯一の隣人に絶望しているように見えました。
悪魔はシスターを殺したいがために、カットを利用したのかもしれません。
たいてい、悪魔は一度手に入れた肉体から、早々離れることはないように描かれるのですが
神父による悪魔退治のシーンはあまりにあっさりしています。

もしかすると、カットはあのときに、シスターを殺すためだけに、自分が利用されただけであると悟り自分がやってきてしまったことを、恐ろしく感じたのかもしれません。
そして、自分とともに歩んでくれる人を全て亡くしてしまった、という
冒頭の絶望感と同じようなものにさいなまれ、またループしてしまうのではないでしょうか。